「そろそろ引退を考えたいが、後を継いでくれる医師がいない」——地域医療を支えてきた院長ほど、こうした悩みを一人で抱え込みがちです。病院やクリニックの経営は、単なる会社経営とは異なり、医療法という特有のルールと「医師でなければ承継できない」という構造的なハードルが存在します。後継者となる子どもが医師とは限らず、たとえ医師であっても親の病院を継ぐとは限りません。
その結果、いま多くの医療機関が「第三者への承継(M&A)」という選択肢に目を向けています。廃業してしまえば、これまで築いてきた患者との信頼関係も、職員の雇用も、地域の医療提供体制も一度に失われます。だからこそ、早めに、正しい手順で承継の準備を進めることが重要です。
この記事では、病院の事業承継の現状と3つの承継パターン、第三者承継が増えている理由、実際の進め方、そして後継者不在に備えて今から準備すべきことを、公的な統計と制度に基づいて解説します。
POINT医療業の後継者不在率は61.8%と全業種で3番目に高く(出典:帝国データバンク「全国後継者不在率動向調査(2024年)」)、病院の事業承継は待ったなしの課題です。承継には「親族内承継」「院内・職員承継」「第三者承継(M&A)」の3類型があり、医師確保の難しさから第三者承継が増えています。医療法人はその特性上、株式譲渡が使えず「出資持分譲渡」「合併」「事業譲渡」などのスキームを用いるため、専門家を交えた計画的な準備(目安は最低3年前)が成功の鍵となります。
1. 病院の事業承継が待ったなしの現状
病院・クリニックの経営者の高齢化と後継者不在は、統計にもはっきりと表れています。まずは客観的な数字から、いま医療機関が置かれている状況を確認しましょう。
医療業の後継者不在率は突出して高い
帝国データバンクの調査によると、全国全業種の後継者不在率は52.1%であるのに対し、医療業の後継者不在率は61.8%と全業種のなかで3番目に高い水準です(出典:帝国データバンク「全国後継者不在率動向調査(2024年)」)。医師という専門資格が承継の前提になるため、後継者の候補が構造的に限られていることが背景にあります。
経営者の高齢化が進んでいる
診療所で働く医師の平均年齢は60.4歳(2022年)に達しています(出典:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」)。また、診療所経営者のうち70歳以上が占める割合は54.6%(2024年)と半数を超えており(出典:帝国データバンク(2024年))、承継を検討すべき年代の経営者が急速に増えていることが分かります。
休廃業・解散は過去最多に
2024年の医療機関の休廃業・解散は722件と過去最多を記録しました(内訳は病院17件・診療所587件・歯科118件)。倒産は64件です(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」)。経営が成り立たなくなってからの廃業ではなく、後継者が見つからないことによる「あきらめ廃業」が少なくないとみられます。
地域医療の担い手としての責任
日本人の死亡場所は、2023年時点で病院・診療所が65.7%、自宅17.0%、介護施設等15.5%となっており(出典:厚生労働省「人口動態統計」)、依然として医療機関が「看取りの場」の中心を担っています。加えて2025年には後期高齢者人口が約2,180万人に達し(出典:厚生労働省等)、医療需要はさらに高まります。1つの病院の廃業が、地域の医療提供体制に与える影響は決して小さくありません。
事業承継とは
事業承継とは、経営者が事業(資産・負債・組織・信用など)を後継者へ引き継ぐことを指します。基本的な考え方は業種を問わず共通するため、まずは全体像を 事業承継とは で押さえたうえで、病院特有の論点を本記事で確認すると理解が深まります。
2. 病院の承継3類型|親族内・院内職員・第三者(M&A)
病院の事業承継には、大きく分けて3つのパターンがあります。それぞれの特徴とメリット・デメリットを整理します。
| 承継の類型 | 主なメリット | 主なデメリット・課題 |
|---|---|---|
| 親族内承継 | 理念や患者との関係を引き継ぎやすい/時間をかけて育成できる | 後継者が医師である必要がある/本人の意思・適性に左右される |
| 院内・職員承継 | 診療体制や職員をよく理解した人物が継ぐ/現場の混乱が少ない | 承継する医師個人に資金力が必要/出資持分の買取り負担が重い |
| 第三者承継(M&A) | 後継者候補を外部に広く求められる/雇用と医療を存続できる | 相手探し・交渉に専門知識が必要/文化のすり合わせが課題 |
親族内承継
子どもや親族に引き継ぐ、最も伝統的な形です。理念や地域との信頼関係を守りやすい一方、後継者が医師免許を持っていることが大前提となります。子どもが別の道を選んでいたり、医師であっても専門分野や勤務地の希望が合わなかったりして、実現しないケースが増えています。
院内・職員承継
勤務医や幹部職員など、院内の人材に引き継ぐ方法です。診療の実態を理解した人物が継ぐため現場の混乱は小さく済みますが、承継者個人が出資持分の買取り資金を用意しなければならないなど、資金面の負担が大きな壁になります。
第三者承継(M&A)
親族や院内に後継者がいない場合に、外部の医療法人や運営グループへ引き継ぐ方法です。後継者候補を広く探せるため、後継者不在の根本的な解決策になり得ます。M&Aによる承継のメリット・デメリットは 事業承継M&Aのメリット・デメリット でも詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
3. なぜ病院で第三者承継(M&A)が増えるのか
一般的な中小企業と比べても、病院で第三者承継が選ばれやすいのには明確な理由があります。それは、医療という事業がもつ構造的なハードルです。
「医師でなければ承継できない」という壁
病院・診療所の管理者(院長)は原則として医師でなければならず、後継者候補は必然的に医師に限られます。親族に医師がいなければ親族内承継はできず、院内に適任者と資金力を兼ね備えた医師がいなければ職員承継も難しい——この二重の制約が、外部に承継先を求める最大の動機になっています。
医療法人は「株式譲渡」が使えない
ここが病院M&Aの最も重要な特徴です。医療法人は非営利法人であり、剰余金の配当が禁止されています。そのため、株式会社で一般的な株式譲渡・株式交換・株式移転といった手法は使えません。採り得る主なスキームは次の3つです(出典:医療法、厚生労働省通知)。
- 出資持分の譲渡(+社員・役員の交代):持分あり医療法人で用いられる代表的な手法。
- 合併:吸収合併・新設合併により法人を統合する手法。
- 事業譲渡:病院そのものではなく事業(設備・スタッフ等)を移す手法。
出資持分あり/なし
平成19年の医療法改正前に設立された医療法人の多くは「持分あり医療法人」(経過措置型)で、出資持分の譲渡が可能です。改正後に設立された法人は原則「持分なし」となります。自院がどちらに該当するかは、承継スキームを左右する出発点になります。なお、持分なしへ移行する際に相続税・贈与税の納税猶予等が受けられる「認定医療法人制度」の認定期限は、令和11年(2029年)12月31日まで延長されています(出典:厚生労働省、財務省)。
雇用と地域医療を守れる
廃業を選べば、職員は職を失い、患者は通い慣れた医療機関を失います。第三者承継であれば、体力のある運営主体のもとで雇用を維持し、診療を継続できる可能性が高まります。病院M&Aの全体像は 病院M&A完全ガイド で体系的に解説していますので、選択肢を比較検討する際の入口としてご活用ください。
4. 第三者承継(病院M&A)の進め方7ステップ
第三者承継は、思い立ってすぐに相手が決まるものではありません。一般的には、相談から成約・行政手続きの完了まで、次のような流れで進みます。
- 専門家への相談:現状の整理と方針決定。秘密保持を前提に相談します。
- 企業価値評価(バリュエーション):法人・病院の価値を算定します。
- マッチング(相手探し):条件に合う承継先候補を選定・打診します。
- 基本合意(トップ面談・意向確認):条件の大枠に合意します。
- デューデリジェンス(DD):買い手が財務・法務・医療の実態を精査します。
- 最終契約:譲渡契約や合併契約などを締結します。
- 行政手続き・引き継ぎ:認可・届出を経て、承継を実行します。
企業価値評価で見られるポイント
病院の価値評価では、時価純資産に営業権(のれん)を加える方法や、EV/EBITDAマルチプル法、DCF法などが用いられ、中小病院では時価純資産+営業権が広く使われます。加えて、病床機能・稼働率、施設基準・看護配置、診療報酬の構成、医師・看護師の確保状況、出資持分の評価額、行政指導・返還の履歴、建物の耐震性・老朽化といった病院特有の要素が評価に大きく影響します。
具体的な金額や倍率の「相場」は、病床数・立地・診療科・人材・持分の有無などによって案件ごとに大きく異なります。「うちはいくらになるのか」は、実際の資料をもとにした個別評価で確認するのが確実です。
合併の場合は行政手続きに注意
スキームに合併を選ぶ場合、手続きは特に慎重を要します。吸収・新設合併契約の締結後、社員総会で総社員の同意を得たうえで、都道府県知事の認可(知事は都道府県医療審議会の意見を聴取)を受ける必要があります。認可通知後は財産目録・貸借対照表を作成し、債権者保護手続き(異議申出の公告・催告、期間は2ヶ月を下ることができない)を経て、合併の登記により効力が発生します(出典:医療法、厚生労働省通知「医療法人の合併及び分割について」平成28年)。行政手続きに相応の期間を要するため、スケジュールには余裕をもたせることが大切です。
注意:手続きの順序と期間を軽視しない
医療法人の承継は、当事者間の合意だけでは完結しません。行政の認可や債権者保護手続きなど、法律で定められたプロセスと期間が必要です。段取りを誤ると承継そのものが遅延・頓挫するおそれがあるため、早い段階から医療M&Aに精通した専門家の関与が欠かせません。
5. 後継者不在に備えて早期に準備すべきこと
承継は、始めてから完了するまでに時間がかかります。特に病院M&Aは行政手続きを含むため、余裕をもった準備が成否を分けます。目安は最低でも3年前からの着手です。
まず着手したい4つの準備
- 自院の現状把握:持分の有無、財務、施設基準、人材構成、行政履歴などを棚卸しする。
- 承継方針の決定:親族内・院内・第三者のどれを軸に検討するかを早めに定める。
- 磨き上げ(企業価値の向上):収益構造や体制の改善で、承継先にとっての魅力を高める。
- 専門家への相談:選択肢と論点を早期に整理し、時間的な余裕を確保する。
なぜ「早さ」が価値になるのか
院長の年齢や健康状態に問題が生じてから慌てて動くと、選べる承継先も交渉の余地も狭まります。逆に、経営が安定し院長が現役で引き継ぎに関与できるうちに動けば、より良い条件で、より円滑に承継できる可能性が高まります。準備の早さは、そのまま選択肢の広さにつながるのです。
よくある質問
Q. 後継者がいなくても病院を引き継いでもらえますか?
A. はい。親族や院内に後継者がいない場合でも、第三者承継(M&A)によって外部の医療法人や運営グループへ引き継げる可能性があります。医療業の後継者不在率は61.8%(出典:帝国データバンク(2024年))と高く、第三者承継はいまや一般的な選択肢の一つです。
Q. 病院のM&Aでも株式譲渡はできますか?
A. 医療法人は非営利法人で剰余金の配当が禁止されているため、株式会社のような株式譲渡は使えません(出典:医療法)。実務では「出資持分の譲渡(+社員・役員交代)」「合併」「事業譲渡」といったスキームを、持分の有無や目的に応じて選択します。
Q. 準備はどのくらい前から始めるべきですか?
A. 目安は最低でも3年前です。病院M&Aは企業価値評価やマッチングに加え、都道府県知事の認可や債権者保護手続きなど行政プロセスにも時間を要します。院長が現役で関与できるうちに着手するほど、選択肢と条件の幅が広がります。
Q. 相談した内容が外部に漏れないか心配です。
A. M&Aの相談は秘密保持を前提に進めるのが原則です。職員や取引先、患者に知られないよう配慮しながら検討を進められますので、まずは情報収集の段階から気軽にご相談いただけます。
まとめ
医療業の後継者不在率は61.8%と全業種で3番目に高く(出典:帝国データバンク(2024年))、診療所医師の平均年齢は60.4歳(出典:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」)、2024年の医療機関の休廃業・解散は722件と過去最多(出典:帝国データバンク(2024年))——病院の事業承継は、もはや先送りできない課題です。
承継には親族内・院内職員・第三者(M&A)の3類型があり、「医師でなければ承継できない」という構造的な壁と、医療法人ならではのスキーム上の制約から、第三者承継を選ぶ医療機関が増えています。廃業ではなく承継を選べば、職員の雇用も地域医療も守ることができます。そのためには、行政手続きまで見据えた早め(最低3年前)の準備が何より重要です。病院M&Aの全体像は 病院M&A完全ガイド で詳しく確認できます。
CUC Advisory Partners(CUCAP)は、病院・クリニック・介護に特化したM&A仲介として、企業価値評価から承継先のマッチング、複雑な行政手続きまで一貫して伴走します。「まだ具体的ではないけれど、選択肢を知っておきたい」という段階でも構いません。秘密は厳守いたしますので、まずは 無料相談 からお気軽にお問い合わせください。