「後継者がいないまま、このまま廃院するしかないのだろうか」「病院を買収して規模を拡大したいが、リスクが大きすぎないか」——病院の事業承継や規模拡大を検討する経営者から、こうした声を数多くいただきます。その解決策として近年急速に広がっているのが「病院M&A」です。
病院M&Aは、売り手(譲渡側)にとっては廃院を回避して地域医療と雇用を守りながらリタイア資金を確保できる手段であり、買い手(譲受側)にとっては新規開設よりも低リスクで事業基盤を得られる手段です。一方で、売り手・買い手それぞれに固有のデメリットや注意点も存在します。メリットだけを見て進めると、後になって「こんなはずではなかった」という事態にもなりかねません。
この記事では、病院M&Aのメリット・デメリットを「売り手」「買い手」の両視点から徹底的に整理し、さらにメリットを最大化するための進め方まで解説します。病院M&Aを検討し始めた経営者の方が、判断材料を一通り得られる内容です。
POINT病院M&Aの最大のメリットは、売り手が「廃院回避・地域医療と雇用の存続・リタイア資金の確保・個人保証の解消」を実現でき、買い手が「新規開設より低リスクでスタッフ・患者・許認可を継承できる」点にあります。一方で、売り手には「希望条件での相手探しの難しさ・情報漏洩リスク」、買い手には「簿外債務や診療報酬返還リスクの承継・統合の難しさ」というデメリットがあり、これらを事前に理解し専門家と対策することが成功の鍵です。
病院M&Aが選ばれる背景
病院M&Aがなぜこれほど注目されるようになったのか。その背景には、医療業界が抱える構造的な課題があります。
深刻化する後継者不在問題
医療機関の後継者不在は、いまや個別の悩みではなく業界全体の課題です。医療業の後継者不在率は61.8%と、全業種のなかで3番目に高い水準にあります(出典:帝国データバンク「全国後継者不在率動向調査(2024年)」)。全国全業種の後継者不在率が52.1%であることと比べても、医療業の深刻さがうかがえます(出典:帝国データバンク(2024年))。
かつては子どもが医師となって家業を継ぐケースが一般的でしたが、子どもが医師にならない、あるいは医師になっても専門分野や勤務医としてのキャリアを選ぶなど、価値観が多様化しています。結果として、経営者が引退を考える年齢になっても後継者が決まらない病院が増えています。
医師の高齢化と廃業リスク
経営者自身の高齢化も進んでいます。診療所医師の平均年齢は60.4歳(2022年)に達しており、診療所経営者のうち70歳以上が54.6%を占めています(出典:厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」、帝国データバンク(2024年))。
後継者が不在のまま経営者が高齢化すると、行き着く先は廃業です。実際、医療機関の休廃業・解散は2024年に722件と過去最多を記録しました(内訳は病院17・診療所587・歯科118、倒産は別に64件)(出典:帝国データバンク「医療機関の倒産・休廃業解散動向調査(2024年)」)。M&Aは、こうした「経営はまだ続けられるのに承継先がなく廃業する」という事態を避ける有力な選択肢として位置づけられています。
地域医療を守るという社会的要請
病院は地域医療インフラそのものです。死亡場所の割合を見ると、いまも病院・診療所が65.7%を占めています(2023年)(出典:厚生労働省「人口動態統計」)。2025年には後期高齢者人口が約2,180万人に達し、団塊世代が全員75歳以上になります(出典:厚生労働省等)。医療需要が高まるなかで一つの病院が廃院すれば、その地域の患者は行き場を失いかねません。M&Aによって病院機能を存続させることは、地域医療を守るという社会的な意義も持っています。
病院M&Aの全体像や進め方については、病院M&Aの専門ハブページでも体系的に解説しています。あわせてご覧ください。
売り手(譲渡側)のメリット
まずは病院を譲渡する売り手側のメリットを整理します。
| メリット | 内容 |
|---|---|
| 廃院の回避 | 後継者不在でも第三者に承継でき、廃院に伴う費用や手続きの負担を避けられる |
| 地域医療の存続 | 病院機能を存続させ、地域の患者が医療を受け続けられる環境を守れる |
| 雇用の維持 | 医師・看護師・スタッフの雇用を承継先に引き継げる |
| 売却益・リタイア資金 | 出資持分の譲渡等により対価を得られ、引退後の生活資金を確保できる |
| 個人保証の解消 | 経営者個人が負っていた借入の連帯保証から解放される可能性がある |
廃院を回避し、地域医療と雇用を守れる
廃院を選ぶと、患者は転院を余儀なくされ、長年勤めたスタッフは職を失います。M&Aで承継先を見つければ、病院はそのまま存続し、地域医療も雇用も守られます。「自分が築いてきたものを次の世代に引き継げた」という精神的な満足感も、多くの譲渡経営者が挙げるメリットです。
売却益によるリタイア資金の確保
医療法人は非営利法人で剰余金の配当が禁止されているため、株式会社のような株式譲渡は使えません。採れる主なスキームは「出資持分の譲渡(+社員・役員の交代)」「合併」「事業譲渡」です(出典:医療法)。平成19年の医療法改正前に設立された多くの医療法人は「持分あり医療法人」(経過措置型)であり、出資持分の譲渡が可能です。持分ありの場合、出資持分を譲渡することでまとまった対価を得られ、引退後の生活資金に充てられます。
出資持分
持分あり医療法人において、出資者が法人の財産に対して持つ権利のこと。株式会社の株式に近い性質を持ち、譲渡することで対価を得られます。平成19年医療法改正後に設立された医療法人は原則「持分なし」となっています。
個人保証(連帯保証)からの解放
多くの病院経営者は、法人の金融機関借入に対して個人で連帯保証を負っています。この個人保証は、経営者にとって精神的にも大きな負担です。M&Aによる承継の交渉のなかで、この個人保証を解消(買い手側への切り替えや金融機関との調整)できれば、経営者は保証責任から解放されます。事業承継M&Aがもたらすメリットについては、事業承継M&Aのメリット・デメリットを解説した記事も参考になります。
売り手のデメリット・留意点
一方で、売り手側にも注意すべき点があります。メリットだけでなくデメリットも理解したうえで進めることが重要です。
希望条件で買い手が見つからないことがある
M&Aは相手があってはじめて成立します。譲渡価格・スタッフの雇用維持・診療科の継続など、売り手の希望条件が厳しいほど、条件に合う買い手を見つけるのは難しくなります。とくに立地・築年数・診療科・病床機能などによっては、買い手の関心が限られる場合もあります。相場から乖離した高い希望価格に固執すると、交渉が長期化し、最悪の場合はまとまらないこともあります。
注意:時間的な余裕を持って準備を
経営者の体調悪化などで急いで譲渡先を探すと、交渉力が弱まり不利な条件を受け入れざるを得なくなります。M&Aは相手探しからクロージングまで一定の期間を要するため、廃業やリタイアを考え始めた早い段階から準備を進めることが望まれます。
情報漏洩のリスク
M&Aを検討していることがスタッフや取引先、患者に不用意に伝わると、「病院がなくなるのではないか」という不安から人材の離職や患者離れを招きかねません。情報漏洩は、承継先が承継する事業価値そのものを毀損します。仲介会社との秘密保持契約(NDA)の締結や、情報開示の範囲・タイミングの慎重なコントロールが不可欠です。
スキームによる手続き負担
医療法人のM&Aは、株式会社に比べて手続きが複雑です。たとえば合併では、社員総会での総社員の同意、都道府県知事の認可(知事は都道府県医療審議会の意見を聴く)、債権者保護手続き(異議申出の公告・催告、期間は2ヶ月を下れない)などを経て、合併の登記により効力が発生します(出典:医療法、厚生労働省通知「医療法人の合併及び分割について」平成28年)。こうした手続きには相応の時間と専門的な対応が必要です。
買い手(譲受側)のメリット
続いて、病院を譲り受ける買い手側のメリットです。
- 新規開設より低リスク:ゼロから施設・人材・患者を集める必要がなく、事業がすでに回っている状態を引き継げる
- スタッフの継承:採用難のなか、医師・看護師など既存の医療人材をまとめて確保できる
- 患者・地域基盤の継承:長年の診療で築かれた患者基盤や地域の信頼を引き継げる
- 許認可・施設基準の継承:病床の許認可や施設基準など、新規取得が難しい要素を承継できる場合がある
- エリア拡大・時間の短縮:既存グループが新たなエリアへ短期間で進出できる
新規開設より低リスクで事業基盤を得られる
病院を新規に開設する場合、建物の建設、医療機器の導入、人材の採用、患者の獲得まで、多大な時間とコストがかかり、軌道に乗るまでの期間も読めません。M&Aであれば、すでに稼働している病院を引き継ぐため、初期の立ち上げリスクを大きく抑えられます。とくに医療従事者の採用難が続くなか、既存スタッフをまとめて確保できる点は大きな魅力です。
許認可・病床機能の継承
病床の許認可は地域医療構想に基づいて管理されており、新規に病床を確保することは容易ではありません。地域医療構想では高度急性期・急性期・回復期・慢性期の4つの医療機能に基づき、全国341の構想区域で病床機能の調整が進められています(報告のゴールは2026年6月末まで延長)(出典:厚生労働省)。M&Aを通じて既存病院の病床機能を承継できれば、新規参入では得にくい事業基盤を獲得できます。
エリア拡大とスピード
既存の医療グループにとって、M&Aは新たなエリアへ短期間で進出する有効な手段です。ゼロから拠点を立ち上げるよりもはるかに早く、地域での診療体制を確立できます。ドミナント展開や機能連携による相乗効果も期待できます。
買い手のデメリット・リスク
買い手にとってメリットが大きい一方、承継ならではのリスクも存在します。ここを軽視すると、買収後に想定外の負担を抱えることになります。
簿外債務・診療報酬返還リスクの承継
出資持分の譲渡や合併といったスキームでは、法人の資産だけでなく負債も包括的に承継します。帳簿に表れていない簿外債務(未払残業代、係争中の債務、保証債務など)を引き継いでしまうリスクがあります。
さらに病院特有のリスクとして、過去の診療報酬の請求に不適切な点があった場合、後から診療報酬の返還を求められる可能性があります。行政からの指導・返還の履歴は病院の価値を左右する重要な要素であり、こうしたリスクは買い手に承継されます。医療法人買収で見落としてはならない注意点は、医療法人買収の注意点を解説した記事で詳しくまとめています。
なぜデューデリジェンス(DD)が重要か
簿外債務や診療報酬返還リスクは、決算書を見るだけでは把握できません。財務・法務・労務、そして医療特有の行政リスクまで含めた買収監査(デューデリジェンス)を専門家とともに行い、リスクを洗い出したうえで、譲渡価格や契約条件に反映させることが重要です。
統合(PMI)の難しさ
M&Aは契約が成立して終わりではありません。買収後に、経営方針・診療体制・人事制度・組織文化を統合していく必要があります。とくに病院は、医師や看護師といった専門職の意識やこれまでの診療スタイルがあり、統合を急ぎすぎると現場の反発や離職を招きかねません。承継したスタッフが安心して働き続けられるよう、丁寧なコミュニケーションと段階的な統合が求められます。
メリットを最大化するための進め方
病院M&Aのメリットを最大化し、デメリットを最小化するには、進め方が決定的に重要です。
早期に準備を始める
前述のとおり、M&Aは相手探しから成立まで一定の期間を要します。時間に追われて交渉すると、条件面で妥協せざるを得なくなります。廃業やリタイアを少しでも考え始めたら、早い段階で情報収集と準備に着手することが、良い条件で成約するための最大のポイントです。
自院の価値と課題を正しく把握する
企業価値評価では、時価純資産+営業権(のれん)法、EV/EBITDAマルチプル法、DCF法などが用いられ、中小病院では時価純資産+営業権が広く使われます。評価にあたっては、病床機能・稼働率、施設基準・看護配置、診療報酬の構成、医師・看護師の確保状況、出資持分の評価額、行政リスク(指導・返還歴)、建物の耐震・老朽化といった病院特有の要素が影響します(出典:確立された企業価値評価手法)。自院の強みと課題を客観的に把握しておくことが、交渉の土台になります。
制度・税制の活用も検討する
持分なし医療法人への移行を国が認定する「認定医療法人制度」では、医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予や、持分放棄による猶予税額の免除といった措置があります。認定の期限は令和8年(2026年)12月31日から令和11年(2029年)12月31日まで3年延長されました(令和8年度税制改正)(出典:厚生労働省、財務省)。承継の方針によっては、こうした制度の活用も選択肢に入ります。
医療M&Aに精通した専門家と進める
病院M&Aは、スキーム選択、行政手続き、デューデリジェンス、企業価値評価、統合まで、専門性が高い論点が数多くあります。医療業界の特殊性を理解した専門家とともに進めることが、メリットを最大化し、リスクを回避する近道です。病院M&Aハブページでは、各論点をさらに詳しく解説しています。
よくある質問
Q. 病院M&Aで最も大きなメリットは何ですか?
売り手にとっては「後継者不在でも廃院を回避し、地域医療と雇用を守りながらリタイア資金を確保できる」こと、買い手にとっては「新規開設より低リスクでスタッフ・患者・許認可を継承できる」ことが、それぞれ最大のメリットです。立場によって重視すべきメリットが異なる点を押さえておきましょう。
Q. 病院M&Aの一番のデメリット・リスクは?
売り手側は「希望条件に合う買い手が見つからない可能性」と「情報漏洩リスク」、買い手側は「簿外債務や診療報酬返還リスクの承継」と「買収後の統合(PMI)の難しさ」が主なリスクです。いずれも事前の準備とデューデリジェンス、専門家の関与によって大きく軽減できます。
Q. 医療法人でも株式譲渡はできますか?
いいえ。医療法人は非営利法人で剰余金の配当が禁止されているため、株式会社のような株式譲渡・株式交換・株式移転は使えません。採れる主なスキームは「出資持分の譲渡(+社員・役員の交代)」「合併」「事業譲渡」です(出典:医療法)。
Q. 個人保証は解消できますか?
M&Aの交渉のなかで、金融機関との調整や買い手側への切り替えを通じて、経営者個人の連帯保証を解消できる可能性があります。ただし金融機関の判断が関わるため、早い段階から専門家を交えて調整することが重要です。
Q. 準備はいつから始めるべきですか?
できるだけ早くです。相手探しから成立まで一定の期間を要するうえ、時間に余裕がないほど条件面で不利になりがちです。廃業やリタイアを考え始めた段階で、情報収集と準備に着手することをおすすめします。
まとめ
病院M&Aは、売り手にとっては「廃院回避・地域医療と雇用の存続・売却益によるリタイア資金の確保・個人保証の解消」という大きなメリットをもたらし、買い手にとっては「新規開設より低リスクで、スタッフ・患者・許認可・病床機能を継承できる」有力な選択肢です。
その一方で、売り手には「希望条件での相手探しの難しさ・情報漏洩リスク」、買い手には「簿外債務や診療報酬返還リスクの承継・統合の難しさ」というデメリットも存在します。これらは、早期の準備、正確な価値把握、そして医療M&Aに精通した専門家との連携によって、大きく軽減することが可能です。
後継者不在や医師の高齢化が進むなか、病院M&Aは地域医療を未来へつなぐ現実的な手段となっています。「自院の場合はどうなるのか」「どのくらいの条件で承継できるのか」を具体的に知りたい方は、まずは専門家にご相談ください。CUCAPでは、病院・クリニック・介護に特化したM&Aの無料相談を承っています。無料相談はこちらからお問い合わせください。