「病院M&Aの相場はいくらか」――売却や承継を検討し始めた経営者や理事長が最初に抱く疑問です。しかし結論から言えば、病院M&Aには株式市場の株価のような「一律の相場」は存在しません。同じ病床数でも、立地・病床機能・稼働率・施設基準・人材の充実度・出資持分の評価額によって、価値は大きく変わるからです。
病院を取り巻く経営環境は年々厳しさを増しています。全国の病院数は2024年4月末で8,079施設と長期的に減少傾向にあり(出典:厚生労働省「医療施設動態調査」)、医療業の後継者不在率は61.8%と全業種で3番目に高い水準です(出典:帝国データバンク(2024年))。こうしたなか、第三者へのM&A(承継)を選ぶ病院は着実に増えています。
この記事では、「病院M&A 相場」「病院 売却 相場」という視点から、なぜ一律の相場が存在しないのか、価値を評価する具体的な3つのアプローチ、売却価格を左右する要素、そして持分あり医療法人特有の論点までを、専門仲介の実務目線で解説します。病院の適正な価値を知り、納得できる承継を実現するための基礎知識としてご活用ください。
POINT病院M&Aに定額の「相場」はなく、価値は個別評価で決まります。中小病院では「時価純資産+営業権(のれん)法」が広く使われ、規模や収益力に応じて「EV/EBITDAマルチプル法」「DCF法」を併用します。価格を左右するのは病床機能・稼働率・施設基準・人材・出資持分・行政リスク・建物の状態です。特に持分あり医療法人は内部留保が出資持分の評価額に反映され、価格と税務に大きく影響します。詳しくは病院M&A完全ガイドもあわせてご覧ください。
病院M&Aに一律の「相場」は存在しない
「病院 売却 相場」を調べると具体的な金額を知りたくなりますが、病院M&Aで最初に理解すべきは、万人に当てはまる定額の相場は存在しないという事実です。病院は一つひとつが立地・診療科・病床構成・人員体制・財務内容の異なる「唯一無二の事業体」だからです。
なぜ個別評価になるのか
一般の商品には需給で決まる市場価格がありますが、病院は取引件数が限られ、かつ中身が案件ごとに大きく異なります。同じ「100床の病院」でも、急性期中心か慢性期中心か、稼働率が高いか低いか、施設基準を満たしているか、医師・看護師が確保できているかで収益力はまったく違います。そのため、価格は「相場表」ではなく、対象病院を個別に評価して算定します。
病院特有の制度的な制約
病院の多くは医療法人が運営しており、医療法人は非営利法人で剰余金の配当が禁止されています。そのため、株式会社で使う株式譲渡・株式交換・株式移転といったスキームは使えません。実務で採れる主なスキームは「出資持分譲渡(+社員・役員の交代)」「合併」「事業譲渡」です(出典:医療法、厚生労働省通知「医療法人の合併及び分割について」平成28年)。どのスキームを選ぶかによって、評価の対象(持分の価値か、事業の価値か)や税務の扱いが変わり、これも「一律の相場」が語れない理由の一つです。
注意:ネット上の「相場○億円」を鵜呑みにしない
インターネットで見かける「病院の売却相場は○億円」といった断定的な金額は、前提条件が不明なまま独り歩きしている場合が少なくありません。自院の価値は、必ず財務・人員・施設基準などの実態に基づいて個別に試算してください。
病院の価値を評価する3つのアプローチ
病院M&Aの価格算定では、企業価値評価の一般的な3つの手法を、病院の規模や特性に応じて使い分けます。ここではそれぞれの考え方を用語とあわせて解説します。
1. 時価純資産+営業権(のれん)法
中小病院で最も広く使われるのが、この方法です。貸借対照表上の資産・負債を時価に評価し直して純資産(時価純資産)を求め、そこに将来の収益力を反映した営業権(のれん)を加算して価値を算定します。
営業権(のれん)
帳簿上の純資産では捉えきれない、収益を生み出す力(ブランド、患者基盤、地域での信頼、人材、施設基準など)を金額に置き換えたもの。実務では、正常な年間利益の数年分を目安に算定することが多いですが、その年数や係数は病院の収益の安定性・継続性によって個別に判断します。
純資産という「今ある財産」と、営業権という「これから稼ぐ力」の両面から評価できるため、財務が把握しやすい中小病院に適しています。
2. EV/EBITDAマルチプル法
一定以上の規模・収益力がある病院では、EV/EBITDAマルチプル法を併用します。
EV/EBITDA
EV(企業価値)は、株主価値に純有利子負債を加えたもの。EBITDAは、利益に支払利息・税金・減価償却費を足し戻した、事業が生み出すキャッシュに近い利益指標です。「EV÷EBITDA」の倍率(マルチプル)に対象病院のEBITDAを掛けて価値を推定します。倍率は市場環境や事業特性で変動するため、断定的な数値は個別案件ごとに検討します。
減価償却の大きい病院ではEBITDAが実態に近い収益力を示しやすく、規模の大きい案件で有効です。
3. DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法
将来の事業計画に基づく方法がDCF法です。
DCF法
将来生み出すと見込まれるキャッシュフローを予測し、そのリスクに応じた割引率で現在価値に割り引いて価値を算定する方法。将来性を織り込める一方、事業計画の精度に結果が大きく左右されます。診療報酬改定や地域医療構想など、前提の変化に敏感な点に注意が必要です。
実務では、これら3つのうち複数を用いて評価し、結果をすり合わせて妥当な価格レンジを導きます。医療法人特有の評価の考え方は医療法人M&Aの相場の解説も参考になります。
いずれの手法も、精度の高い評価には正確な財務資料が不可欠です。月次試算表・決算書・施設基準の届出状況・人員配置表などを早めに整理しておくと、評価がスムーズに進みます。
病院の売却価格を左右する要素
同じ規模でも価格が変わるのは、次のような病院固有の価値要素が評価に反映されるためです。買い手はこれらをデューデリジェンス(買収監査)で丁寧に確認します。
病床機能と稼働率
地域医療構想では、病床を「高度急性期・急性期・回復期・慢性期」の4つの医療機能に分けて考えます(出典:厚生労働省)。どの機能を担うか、そして病床稼働率が高く安定しているかは、収益力に直結する最重要要素です。稼働率の高い病院は、それだけ将来キャッシュフローが読みやすく、評価が高まりやすくなります。
施設基準・看護配置
診療報酬は施設基準の充足状況で決まります。看護配置(看護師の手厚さ)をはじめとする各種施設基準を安定的に満たしているかは、収益の土台です。基準を満たせず減算されている、あるいは維持が危ういといった状態は、買い手にとって収益低下リスクと映ります。
診療報酬構成(保険/自由)
保険診療と自由診療の構成比、診療科ごとの収益バランスも評価対象です。特定の医師や診療科に売上が過度に依存している場合、その医師の退職リスクが価格の引き下げ要因になり得ます。
医師・看護師の確保
病院は人で成り立つ事業です。常勤医師・看護師が安定的に確保され、承継後も継続して勤務が見込めるかは、営業権評価に強く影響します。人材の定着は、そのまま事業の継続性の証明になります。
出資持分の評価額・行政リスク・建物の状態
このほか、次の要素が価格を左右します。
- 出資持分の評価額:持分あり医療法人では、内部留保の蓄積が出資持分の価値を押し上げます(次章で詳述)。
- 行政リスク:過去の指導・監査歴、診療報酬の返還歴などは、簿外の負担リスクとして評価に反映されます。
- 建物の耐震・老朽化:建物や医療機器が老朽化していると、承継後に多額の建替え・更新投資が必要となり、その分が価格から差し引かれやすくなります。
プラス要素とマイナス要素は表裏一体
高い稼働率・充実した施設基準・安定した人材はプラスに、老朽化・行政リスク・特定人材への依存はマイナスに働きます。売却前にマイナス要素を一つでも解消しておくことが、価格の底上げにつながります。
持分あり医療法人の出資持分が高騰しやすい構造
病院M&Aの価格を語るうえで避けて通れないのが、「持分あり医療法人」の出資持分評価の問題です。ここは一般の会社売却と大きく異なる、医療M&A特有の論点です。会社売却全般の相場感については会社売却の相場も参考にしてください。
なぜ出資持分の評価額が膨らむのか
平成19年の医療法改正前に設立された医療法人の多くは「持分あり医療法人(経過措置型)」で、出資持分の譲渡が可能です。一方、改正後に設立された医療法人は原則「持分なし」となっています(出典:医療法)。
持分あり医療法人では、医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、稼いだ利益を配当で外に出せません。その結果、利益が長年にわたり内部留保として法人内に積み上がっていきます。この内部留保の蓄積が、そのまま出資持分の評価額を押し上げる構造になっているのです。歴史の長い優良病院ほど、出資持分の評価額が非常に高くなりやすいのは、この仕組みによるものです。
税務への波及と対応策
出資持分の評価額が高いと、譲渡・相続・贈与のいずれの場面でも税負担が大きくなります。特に事業承継や相続の局面では、多額の相続税・贈与税が経営の重荷になりかねません。
こうした負担を軽減する制度として「認定医療法人制度」があります。これは持分なしへの移行計画を国が認定する制度で、医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予が受けられ、持分を放棄すれば猶予税額が免除されます。移行完了期限は3年から5年に緩和されており、制度の認定期限は令和8年(2026年)12月31日から令和11年(2029年)12月31日まで3年延長されました(出典:厚生労働省、財務省)。
注意:スキーム選択で税負担が変わる
出資持分譲渡・合併・事業譲渡のどれを選ぶか、また認定医療法人制度を使うかどうかで、税負担と手取り額は大きく変わります。持分あり医療法人の承継は、税務・法務の専門家を交えた早期の検討が不可欠です。
売却価格を高めるために準備できること
病院の価値は、売却前の準備で高められる部分があります。買い手が安心して評価できる状態を整えることが、価格の底上げにつながります。
財務・書類を整理する
正確な決算書・月次試算表に加え、施設基準の届出状況、人員配置、契約関係、許認可の状況を早めに整理します。資料が整っているほど評価がスムーズに進み、買い手の不安(=価格の割引要因)を減らせます。
収益力と施設基準を安定させる
- 病床稼働率を安定させ、収益のブレを小さくする。
- 満たせていない施設基準があれば、可能な範囲で取得・維持する。
- 特定の医師・診療科への過度な依存を緩和し、承継後の継続性を高める。
- 常勤医師・看護師の定着を図り、人材面の安定を示せるようにする。
リスク要因を先に解消する
行政指導・返還歴などの懸案があれば整理・是正し、建物・設備の老朽化については更新計画を明確にしておきます。マイナス要素を売り手側で先に手当てしておくことが、デューデリジェンスでの減額を防ぎます。
専門家に早めに相談する
出資持分の評価、スキーム選択、税務対策は、いずれも早く着手するほど選べる選択肢が増えます。病院M&Aに精通した仲介・専門家に早期に相談することが、結果的に最も価格と手取りを高める近道です。全体の進め方は病院M&A完全ガイドで体系的に確認できます。
よくある質問
Q. 病院の売却相場は病床数だけで決まりますか?
いいえ。病床数はあくまで一要素にすぎません。同じ病床数でも、病床機能・稼働率・施設基準・診療報酬構成・人材・出資持分の評価額・建物の状態によって価値は大きく変わります。相場表に当てはめるのではなく、個別評価で価格を算定するのが原則です。
Q. どの評価手法が使われますか?
中小病院では「時価純資産+営業権(のれん)法」が広く使われます。規模や収益力に応じて「EV/EBITDAマルチプル法」「DCF法」を併用し、複数手法の結果をすり合わせて妥当な価格レンジを導きます。
Q. 持分あり医療法人は、なぜ評価額が高くなりやすいのですか?
医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益が配当されず内部留保として法人内に蓄積されます。この内部留保がそのまま出資持分の評価額を押し上げるためです。歴史の長い病院ほど評価額が高くなりやすく、税負担も大きくなる傾向があります。
Q. 病院は株式譲渡で売却できますか?
医療法人が運営する病院では、株式譲渡は使えません。医療法人は非営利法人のため、実務では「出資持分譲渡(+社員・役員交代)」「合併」「事業譲渡」といったスキームを用います(出典:医療法)。
Q. 売却を検討し始めるタイミングは?
早いほど有利です。財務整理・施設基準の維持・出資持分の税務対策・リスク解消はいずれも時間を要します。承継を少しでも考え始めた段階で、専門家に相談しておくことをおすすめします。
まとめ
病院M&Aに一律の相場は存在せず、価格は対象病院を個別に評価して算定します。中小病院では「時価純資産+営業権法」を中心に、規模に応じて「EV/EBITDAマルチプル法」「DCF法」を併用します。価格を左右するのは、病床機能・稼働率、施設基準・看護配置、診療報酬構成、医師・看護師の確保、出資持分の評価額、行政リスク、建物の状態です。
特に持分あり医療法人では、配当禁止による内部留保の蓄積が出資持分の評価額を押し上げ、税務にも大きく影響します。認定医療法人制度の活用も含め、スキーム選択と税務対策は早期の検討が欠かせません。売却前の財務整理・収益力の安定化・リスクの解消が、価格の底上げに直結します。
自院の適正な価値を知る第一歩は、実態に基づいた個別の試算です。病院M&Aの全体像は病院M&A完全ガイドで確認いただけます。CUCAP(CUC Advisory Partners)は病院・クリニック・介護のM&A仲介の専門家として、価値評価から承継の実行までを一貫してサポートします。売却・承継をお考えの方は、まずは無料相談で、自院の価値と最適な進め方についてお気軽にご相談ください。