「入居者は集まるのに、収支が思うように改善しない」「医療依存度の高い問い合わせが増えたが、いまの看護体制では受けきれない」——住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を運営していると、こうした悩みに直面する経営者は少なくありません。その打開策のひとつとして注目されているのが、末期がんや難病の方を受け入れる「ホスピス型住宅」への転換・参入です。
ホスピス型住宅は、住宅型有料老人ホームやサ高住に訪問看護を組み合わせ、医療依存度の高い層を受け入れる事業モデルです。介護保険と医療保険の双方から報酬を得られる収益構造が特徴で、一般的な有料老人ホームより高い収益性が見込めるとされてきました。一方で、看護体制の構築や訪問看護ステーションの確保、そして2026年6月に控える訪問看護の診療報酬引き下げなど、参入前に押さえるべき論点も多くあります。
この記事では、有料老人ホームからホスピス型住宅への転換が増えている背景、転換に必要な条件、自前で進める方法とM&Aを活用する方法、そして見落としてはならない注意点までを、公的な統計・一次情報にもとづいて整理します。
POINTホスピス型住宅は「住宅(有料老人ホーム/サ高住)×介護指定×訪問看護(医療)×看護人材」の複合事業です。転換には看護体制の強化と訪問看護ステーションの併設・連携が不可欠で、自前で体制を整える方法とM&Aで運営ノウハウごと取り込む方法があります。2026年6月に訪問看護の診療報酬引き下げが決まっており、収益前提の見直しが前提になります。
なぜ有料老人ホームからホスピス型住宅への転換が増えているのか
住宅型有料老人ホームやサ高住からホスピス型住宅への転換に関心が高まっている背景には、需要・供給の両面での構造変化があります。ここでは主な3つの要因を整理します。
供給過多による稼働難と収益性の頭打ち
高齢者向け住まいはこの間、着実に整備が進んできました。有料老人ホームは令和6年(2024年)3月時点で16,543施設・定員約64.6万人(出典:厚生労働省「社会福祉施設等調査」等)、サービス付き高齢者向け住宅は8,294施設・約28.7万戸(うち約96%が有料老人ホームにも該当)にのぼります。
施設数が増えれば、地域によっては入居者の獲得競争が激しくなり、稼働率の維持や収益性の確保が難しくなります。一般的な住宅型有料老人ホーム・サ高住は介護保険と家賃・管理費が主な収益源ですが、これだけでは差別化や増収に限界を感じる事業者も出てきています。医療ニーズの高い層を受け入れられる体制へ転換することで、稼働と単価の両面を改善しようという発想が、転換への関心を後押ししています。
医療依存度の高い層の受け皿ニーズ
末期がんや難病などで医療的ケアを必要とする方は、病状によっては一般の有料老人ホームでは受け入れが難しく、行き場を探しているケースがあります。実際、死亡場所の割合を見ると、2023年時点で病院・診療所が65.7%、自宅が17.0%、介護施設等が15.5%です(出典:厚生労働省「人口動態統計」)。依然として病院で亡くなる方が多数を占める一方、自宅や介護施設等で最期を迎える方も一定割合存在し、在宅・施設での看取りを支える受け皿が求められています。
ホスピス型住宅は、こうした医療依存度の高い層を、併設・連携する訪問看護によって受け止める仕組みです。看取りまで対応できる住まいへのニーズは、地域の医療・介護資源の状況によっては十分に満たされておらず、転換によって応えられる余地があります。
多死社会の進行と在宅医療・訪問看護の拡大
高齢化は「多死社会」の局面に入りつつあります。団塊世代が全員75歳以上となることで、後期高齢者人口は2025年に約2,180万人に達します(出典:厚生労働省等)。看取りの担い手となる訪問看護の基盤も拡大しており、訪問看護ステーションは2024年4月時点で稼働17,329ヶ所と過去最高で、前年から1,632ヶ所(+12.3%)増加、2010年から2023年にかけては約3倍に増えています(出典:全国訪問看護事業協会)。
ただし、同じ調査では廃止701・休止291も過去最多で、開設と撤退が同時に進んでいる点には注意が必要です。訪問看護の担い手が全体として増えていることは、ホスピス型住宅の運営基盤が広がっていることを意味しますが、後述の制度改定や人材確保の難しさと合わせて捉える必要があります。
ホスピス型住宅
末期がん・難病等で回復が見込めないと医師に診断された方が入居する、住宅型有料老人ホーム(またはサ高住)です。併設の訪問看護ステーションから、医療保険で手厚い訪問看護(1日複数回・複数名訪問など)を提供する形態を指します。入居期間の制限は原則としてありません。
ホスピス型住宅への転換に必要な条件
有料老人ホームやサ高住をホスピス型住宅へ転換するには、「住まい」としての機能に加えて、医療的ケアを支える体制を新たに整える必要があります。主な条件を整理します。
看護体制の強化
ホスピス型住宅では、末期がんや難病の入居者を受け入れるため、状態変化に対応できる看護体制が前提になります。夜間・急変時の対応、症状緩和のケア、看取りへの対応など、一般的な有料老人ホームより踏み込んだ看護機能が求められます。看護職員の確保と教育、医師や薬局との連携体制の構築が、転換の土台となります。
訪問看護ステーションの併設・連携
ホスピス型住宅の収益と機能を支える中核が、訪問看護です。医療保険による訪問看護は、末期がん・難病等の対象者に対して特別訪問看護指示書等により頻回の訪問が可能で、介護保険の支給限度額の枠外で提供できます。この介護保険(施設の介護)と医療保険(訪問看護)のダブルの収益構造が、ホスピス型住宅が高収益とされてきた源泉です。
そのため、自社で訪問看護ステーションを併設するか、外部の訪問看護ステーションと密に連携する体制が不可欠です。訪問看護をどう確保するかが、転換の成否を大きく左右します。
収益構造のポイント
ホスピス型住宅の収益は「介護保険+医療保険」の二階建てです。医療保険の訪問看護は、対象者の状態に応じて1日複数回・複数名の訪問が可能で、支給限度額の枠外で算定できる点が一般の在宅サービスと異なります。この仕組みが収益性を押し上げてきましたが、後述の2026年6月の報酬改定で前提が変わります。
対象者(末期がん・難病)の受け入れ体制
ホスピス型住宅は、末期がん・難病等で回復が見込めないと医師に診断された方を主な対象とします。したがって、こうした方を安全に受け入れ、看取りまで支えるための運営体制——入居判定の基準、医療機関との連携ルート、緊急時の搬送や連絡体制、家族への説明とケア——を整える必要があります。「住まい」と「医療」を一体で提供する事業であることを踏まえた設計が求められます。
ホスピス型住宅への転換の進め方(自前で体制構築するケース)
既存の有料老人ホームやサ高住を活かしながら、自社で体制を構築して転換する進め方を整理します。大きくは、次のステップで検討することになります。
- 需要と競合の調査:地域の医療ニーズ、看取りの受け皿状況、既存のホスピス型住宅・訪問看護の分布を確認する。
- 訪問看護の確保方針を決める:自社で訪問看護ステーションを併設するか、外部と連携するかを選ぶ。
- 看護・介護人材の確保と育成:看取り対応ができる看護職員を中心に、体制と教育計画を整える。
- 医療連携の構築:訪問診療医、薬局、後方支援病院との連携ルートを確保する。
- 運営ルールとコンプライアンス体制の整備:入居判定、訪問看護指示書の適正な運用、記録・請求の管理体制を作る。
自前での転換は、既存施設や既存の入居者基盤を活かせる一方、訪問看護ステーションの立ち上げや看護人材の確保に時間とコストがかかります。とくに看取りに対応できる看護職員の採用・育成は一朝一夕にはいかず、ここがボトルネックになりやすい点です。
自前での立ち上げは、既存事業との親和性が高くコントロールしやすい反面、訪問看護のノウハウや看護人材をゼロから積み上げる必要があります。スピードや確実性を重視する場合は、次章のM&Aによる方法が選択肢になります。
M&Aを活用したホスピス型住宅への転換・参入
自前での体制構築に対して、M&Aを活用すれば、訪問看護やホスピス運営のノウハウ・人材・実績を「事業ごと」取り込むことができます。時間を買い、立ち上げリスクを抑えられる点が最大の利点です。
訪問看護・ホスピス運営ノウハウを持つ事業者の買収
ホスピス型住宅の成否は訪問看護の運営力に大きく依存します。訪問看護ステーションやホスピス型住宅を運営する事業者を買収することで、看護人材・運営ノウハウ・医療連携のネットワークをまとめて獲得できます。自社の既存施設に、買収先のノウハウを移植して転換を進める、といった組み合わせも考えられます。
既存ホーム(ホスピス型住宅)の譲受
すでに稼働しているホスピス型住宅を譲り受ける方法もあります。入居者・スタッフ・訪問看護体制が揃った状態で引き継げるため、立ち上げ期間を大幅に短縮できます。介護・ホスピス分野では、経営者の高齢化・後継者不在や人材確保難を背景に事業承継ニーズが高まっており、譲渡を検討する事業者は少なくありません。
M&Aスキームと指定の承継
ホスピス型住宅の運営主体は株式会社が中心です。この点は、非営利法人で株式譲渡が使えない病院(医療法人)とは大きく異なります。株式会社が運営する場合、株式譲渡を中心に、事業譲渡や会社分割といったスキームが使えます。
スキーム選択と指定の承継
介護・医療の指定(許認可)の承継可否は、スキームによって扱いが変わります。株式譲渡や会社分割は、運営主体の同一性が保たれるため指定を継続しやすい一方、事業譲渡は原則として指定を取り直す必要があります。会社分割では労働契約承継法にも留意が必要です。どのスキームが適切かは、対象事業の指定・契約・人材の状況を踏まえて個別に判断します。
介護・ホスピス分野のM&Aは、高齢化・多死社会、経営者の高齢化・後継者不在、人材確保難を背景に再編が進行しています。在宅から有料老人ホーム・サ高住、さらに介護医療院・病院へとつなぐ垂直統合や、多拠点でのドミナント展開といった水平統合の動きが見られ、大手の介護・医療介護複合グループや異業種、ファンドの参入も進んでいます。ホスピス型住宅への転換・参入を検討する際は、こうした選択肢の全体像を踏まえて方針を立てることが重要です。M&Aによる参入・再編の考え方は、ホスピスM&Aの解説ページもあわせてご覧ください。
転換・参入の注意点
ホスピス型住宅への転換・参入は収益機会がある一方、前提を見誤ると計画が崩れます。とくに次の3点は必ず押さえておく必要があります。
2026年6月の訪問看護報酬改定で収益前提が変わる
もっとも重要なのが、制度改定の影響です。ホスピス型住宅では、過剰な回数の訪問看護による報酬稼ぎが問題視され、2026年6月から訪問看護の診療報酬が大幅に引き下げられることが決定しています(出典:厚生労働省、共同通信報道)。
医療保険の訪問看護はホスピス型住宅の高収益の源泉であっただけに、この引き下げは収益予測や事業計画の前提を大きく変えます。転換を検討する場合は、改定後の報酬水準を前提に収支を組み直す必要があります。M&Aの場面でも、過去の実績にもとづく収益をそのまま将来に当てはめるのではなく、制度改定の影響を織り込んだうえで企業価値を評価することが欠かせません。
注意:改定後の収益前提で試算する
2026年6月の訪問看護の診療報酬引き下げにより、これまでの収益モデルは前提が変わります(出典:厚生労働省、共同通信報道)。転換・買収の判断は、必ず改定後の報酬水準にもとづいて試算してください。過去実績のみを根拠にした計画・評価は、想定を大きく外すおそれがあります。
看護人材の確保
ホスピス型住宅は看護人材なしには成り立ちません。介護職員の必要数は、2019年度の約211万人から2025年度に約243万人、2040年度には約280万人へと増えると推計されており(出典:厚生労働省推計)、介護・医療の人材確保は今後いっそう厳しくなると見込まれます。看取りに対応できる看護職員の採用・定着は、転換後の運営を支える生命線です。自前で立ち上げる場合はもちろん、M&Aで取り込む場合も、買収先の人材が引き続き定着するかどうかを慎重に見極める必要があります。
コンプライアンス
ホスピス型住宅では、訪問看護の適正な運用が強く問われます。訪問看護指示書に虚偽の病名や過剰な複数回訪問の指示を記載するよう、不適切な要求を受けた経験がある医師が約4割にのぼるとの調査もあります(出典:日本在宅医療連合学会)。こうした不適切な運用は、報酬返還や指定の取消しといった重大なリスクに直結します。
M&Aで既存事業を取り込む場合は、デューデリジェンス(DD)で訪問看護指示書の運用や請求の適正性を丁寧に確認することが重要です。制度改定の背景にも、過剰な訪問による報酬稼ぎへの問題意識があることを踏まえ、適正な運営を前提とした事業設計を徹底する必要があります。ホスピス分野のDDや評価の考え方は、ホスピスM&Aの解説ページで詳しく整理しています。
よくある質問
有料老人ホームなら、どこでもホスピス型住宅に転換できますか?
制度上は住宅型有料老人ホームやサ高住が土台になりますが、実際に転換できるかは、看護体制を強化できるか、訪問看護を併設・連携で確保できるか、末期がん・難病の方を受け入れる運営体制を整えられるかにかかっています。介護付き有料老人ホームなど、施設の類型や地域の医療ニーズによっても適否が変わるため、個別の検討が必要です。
転換は自前とM&Aのどちらがよいですか?
一概には言えません。既存施設や入居者基盤を活かし、自社でコントロールしながら進めたい場合は自前が向きます。一方、訪問看護のノウハウや看護人材をゼロから積み上げる時間・リスクを抑え、早く確実に立ち上げたい場合はM&Aが有力です。両者を組み合わせ、既存施設に買収先のノウハウを移植する進め方もあります。
2026年6月の報酬改定があっても、ホスピス型住宅への参入に意味はありますか?
改定によって収益前提は変わりますが、医療依存度の高い層の受け皿ニーズや多死社会という構造は変わりません。重要なのは、改定後の報酬水準を前提に収支を組み直し、適正な運営を徹底することです。過去実績のみを根拠にした計画は避け、制度改定を織り込んだうえで判断してください。
M&Aで注意すべき点は何ですか?
まず、株式会社が運営していればスキームは株式譲渡が中心となり、指定を継続しやすい点が病院(医療法人)と異なります。そのうえで、訪問看護指示書の運用や請求の適正性をDDで確認すること、看護人材の定着を見極めること、そして2026年6月の報酬改定を織り込んで企業価値を評価することが重要です。
まとめ
有料老人ホームやサ高住からホスピス型住宅への転換・参入は、供給過多による稼働難、医療依存度の高い層の受け皿ニーズ、多死社会の進行という構造を背景に関心が高まっています。転換には看護体制の強化と訪問看護の併設・連携が不可欠で、末期がん・難病の方を受け入れる運営体制の整備が前提です。
進め方は、自前で体制を構築する方法と、訪問看護やホスピス運営のノウハウ・人材・実績をM&Aで取り込む方法があります。時間と立ち上げリスクを重視するならM&Aが有力な選択肢です。一方で、2026年6月の訪問看護の診療報酬引き下げにより収益前提が変わること(出典:厚生労働省、共同通信報道)、看護人材の確保、そして訪問看護の適正運用というコンプライアンスは、必ず押さえるべき論点です。改定後の報酬水準を前提に、堅実な計画と評価を行うことが成功の鍵となります。
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