訪問看護ステーションの経営者から、「後継者がいない」「一つの拠点だけで運営を続けるのが年々難しくなってきた」というご相談が増えています。在宅医療のニーズは拡大を続ける一方で、看護師の採用難や小規模ステーションの経営体力の問題は深刻化しており、M&Aによる事業承継や大手グループへの参画を検討する動きが加速しています。
結論から言えば、訪問看護ステーションのM&A・売却は、後継者不在の解消と事業の存続、そして利用者・スタッフを守る有力な選択肢です。ただし、指定の承継手続きや看護師の定着、そして2026年6月に控える診療報酬の引き下げなど、この業界特有の論点を正しく押さえておかないと、想定した価値での承継はできません。
この記事では、訪問看護ステーションのM&Aが増える背景から、売り手・買い手それぞれの目的、企業価値評価の考え方、指定の承継手続き、制度改定の影響、そして承継を成功させる注意点までを、一次情報にもとづいて整理します。
POINT訪問看護ステーションは稼働数が過去最高を更新する一方で、廃止・休止も過去最多という「二極化」が進んでいます。M&Aは後継者不在と経営体力の課題を同時に解決する手段ですが、指定の承継方法(株式譲渡か事業譲渡か)と2026年6月の診療報酬引き下げの影響を織り込むことが、適正な承継の前提となります。
訪問看護ステーションのM&Aが増える背景
訪問看護の市場そのものは大きく伸びています。全国訪問看護事業協会の調査によると、訪問看護ステーションは2024年4月時点で稼働17,329ヶ所と過去最高を記録しました(出典:全国訪問看護事業協会「訪問看護ステーション数調査」)。前年からは1,632ヶ所(+12.3%)の増加で、2010年から2023年にかけては約3倍に拡大しています。
在宅医療ニーズの拡大
背景にあるのは、多死社会と在宅志向の高まりです。2025年には団塊世代が全員75歳以上となり、後期高齢者人口は約2,180万人に達します(出典:厚生労働省等)。看取りの場も変化しており、2023年の死亡場所は病院・診療所が65.7%である一方、自宅が17.0%、介護施設等が15.5%を占めています(出典:厚生労働省「人口動態統計」)。在宅・施設での看取りを支える訪問看護の役割は、今後さらに重くなっていきます。
「二極化」と人材難
しかし、増えているのは開設数だけではありません。同じ調査では、廃止701ヶ所・休止291ヶ所も過去最多となっています(出典:全国訪問看護事業協会「訪問看護ステーション数調査」)。新規開設が相次ぐ一方で撤退も過去最多という、明確な二極化が起きているのです。
- 人材の確保難:看護師の採用競争が激しく、小規模ステーションほど人員基準(常勤換算2.5人以上)の維持が綱渡りになりやすい
- 経営体力の差:24時間対応や複数名訪問への対応力は、一定規模がないと厳しい
- 後継者不在:医療業の後継者不在率は61.8%と全業種で3番目に高く、全業種平均の52.1%を大きく上回ります(出典:帝国データバンク「全国後継者不在率動向調査(2024年)」)
こうした構造のなかで、単独での存続に限界を感じたステーションが、規模のメリットを持つ事業者への承継を選ぶケースが増えています。
訪問看護M&Aの目的|売り手と買い手
M&Aは売り手・買い手の双方に明確な狙いがあって成立します。訪問看護ステーションの場合、その目的は次のように整理できます。
| 立場 | 主な目的 |
|---|---|
| 売り手 | 後継者不在の解消/事業の選択と集中/経営者の高齢化・体調不安への備え/看護師と利用者を守るための存続 |
| 買い手 | エリア拡大・多拠点ドミナント化/看護人材の獲得/ホスピス型住宅・有料老人ホームとの垂直統合/在宅医療領域への参入 |
売り手の目的
もっとも多いのは後継者不在です。管理者や経営者が高齢化し、身内や社内に引き継ぎ手がいないケースでは、M&Aによる第三者承継が事業と雇用を守る現実的な手段になります。また、複数事業を営む法人が「訪問看護は専門性の高い事業者に任せて本業に集中する」という選択と集中の観点で売却するケースもあります。
買い手の目的
買い手側では、既存エリアの隣接地域を面で押さえる多拠点展開や、看護師という希少な人材の獲得が動機になります。とくに近年は、ホスピス型住宅(末期がん・難病等の入居者に医療保険で手厚い訪問看護を提供する住宅型有料老人ホーム等)を運営する事業者が、併設の訪問看護機能を強化するために訪問看護ステーションを取得する垂直統合の動きが目立ちます。この領域の全体像はホスピス・在宅医療M&Aの解説ページで詳しく整理しています。
訪問看護ステーションの相場・企業価値評価の考え方
「うちのステーションはいくらで売れるのか」は、経営者が最も気にされる点です。ただし、具体的な相場金額は案件ごとの個別性が非常に高く、断定的な数字を提示することはできません。ここでは、価値がどのような要素で評価されるのか、その考え方を押さえておきましょう。
評価の主な着眼点
- 利用者数・訪問件数:安定した利用者基盤と稼働率は収益の土台。増減トレンドも見られます
- 看護師の体制:常勤・非常勤の人員構成、24時間対応や複数名訪問の可否、管理者の力量
- レセプト(診療報酬請求)の安定性:医療保険・介護保険の構成比、返戻・査定の状況、請求の適正性
- コンプライアンス:指定基準の順守状況、指導・監査歴、記録の整備状況
一般的な評価手法としては、時価純資産に営業権(のれん)を加える方法や、利益をベースにしたマルチプル法などが用いられますが、いずれも上記のような「事業の質」が価格に反映されます。会社売却の相場や価値評価の全体像については、会社売却の相場に関する記事もあわせてご覧ください。
なぜ「安定性」が重視されるのか
訪問看護の収益はレセプト(保険請求)で成り立っています。買い手は将来のキャッシュフローを見て価値を判断するため、特定の医師や大口利用者に依存していないか、請求が制度に沿って適正になされているかといった「収益の持続性・健全性」を重視します。属人的・不透明な要素が多いほど、評価は保守的になります。
指定の承継と手続き|株式譲渡と事業譲渡の違い
訪問看護ステーションのM&Aで最も実務的に重要なのが、指定(介護保険・医療保険上の事業者指定)をどう引き継ぐかです。運営主体が株式会社であることが多い訪問看護では、スキームの選択が承継のスムーズさを大きく左右します。
指定の承継
訪問看護ステーションは、都道府県等から事業者としての「指定」を受けて運営しています。M&Aの方法によって、この指定をそのまま引き継げるか、取り直しが必要かが変わります。
株式譲渡:指定を継続しやすい
株式譲渡は、会社の株主が変わるだけで法人格そのものは存続します。そのため、法人が受けている指定・契約・雇用関係は原則としてそのまま継続され、利用者へのサービスも途切れにくいのが大きなメリットです。訪問看護のように運営主体が株式会社であれば、株式譲渡が中心的なスキームとなります。
事業譲渡:指定の取り直しが原則
一方、事業譲渡は事業(資産・契約など)を個別に移す方法で、譲受側の法人で指定を取り直すのが原則です。指定申請には準備期間を要するため、事業の空白期間が生じないようスケジュール管理が欠かせません。会社分割を用いる場合は労働契約承継法への対応も論点になります。
どのスキームが適切かは、法人の資本構成、簿外債務や不採算事業の有無、税務、許認可の状況などによって変わります。必ず専門家を交えて、指定の空白を生まないスキームを設計してください。
2026年6月の診療報酬改定がM&Aに与える影響
訪問看護のM&Aを検討するうえで、2026年に必ず織り込むべき重要な制度変更があります。
注意:2026年6月から訪問看護の診療報酬が大幅に引き下げ
ホスピス型住宅などで過剰な回数の訪問看護によって報酬を稼ぐ手法が問題視され、2026年6月から訪問看護の診療報酬が大幅に引き下げられることが決定しています(出典:厚生労働省、共同通信報道)。医療保険の訪問看護に収益を大きく依存しているステーションほど、改定後の収益前提が変わります。
とくに、末期がん・難病等の入居者へ医療保険で頻回の訪問看護を提供するホスピス型住宅の併設ステーションは、この改定の影響を受けやすい形態です。M&Aの場面では、次の点に注意が必要です。
- 収益予測の見直し:過去の実績をそのまま将来に引き延ばせない。改定後の報酬水準で事業計画を引き直す
- 企業価値評価の前提変更:改定前の収益をもとにした価格は、買い手のデューデリジェンス(DD)で厳しく見られる
- 適正性の確認:訪問回数や指示書の内容が制度趣旨に沿っているか。日本在宅医療連合学会の調査では、訪問看護指示書に不適切な記載を求められた経験がある医師が約4割との結果もあり(出典:日本在宅医療連合学会)、DDでの適正性確認は重要度を増しています
裏を返せば、制度改定後も安定した収益が見込める適正運営のステーションは、買い手からの評価がむしろ高まりやすいとも言えます。ホスピス型住宅を含む在宅医療領域全体の再編動向は、ホスピス・在宅医療M&Aのハブページで継続的に解説しています。
承継を成功させる注意点
訪問看護ステーションのM&Aは、契約が成立して終わりではありません。承継後にサービスと収益を維持できるかは、次の3点にかかっています。
看護師の定着
訪問看護の価値の源泉は看護師そのものです。オーナー交代を機に主力の看護師が離職すれば、利用者離れと収益低下に直結します。処遇や勤務体制、事業所の理念について早期に丁寧なコミュニケーションを行い、キーパーソンの残留を確実にすることが最優先です。
管理者の引き継ぎ
管理者は指定基準上も実務上も要となる存在です。管理者が交代する場合は、要件を満たす後任の確保と、業務・関係先の引き継ぎ計画を承継前から準備しておく必要があります。急な交代は運営リスクに直結します。
コンプライアンスの整備
指定基準の順守、記録の整備、レセプト請求の適正性は、承継後の行政リスクを避けるうえで欠かせません。とくに前述の診療報酬改定を踏まえ、訪問回数や指示書運用が制度趣旨に沿っているかを、承継前のDDで必ず確認しておくことが、後々のトラブルを防ぎます。
よくある質問
小規模なステーション1拠点でも売却できますか?
はい、可能です。買い手にとっては、そのエリアの利用者基盤や看護師体制自体に価値があるため、1拠点でも承継のニーズはあります。ただし、利用者数や看護師の定着状況、請求の適正性などによって評価は変わります。
売却すると利用者やスタッフはどうなりますか?
株式譲渡であれば法人が存続するため、利用者との契約もスタッフの雇用も原則そのまま継続されます。むしろ、後継者不在で廃止・休止に至るより、事業を存続させることが利用者とスタッフを守ることにつながります。
2026年6月の診療報酬改定前に売却を急ぐべきですか?
一律に「急ぐべき」とは言えません。改定の影響度は各ステーションの収益構造によって異なります。重要なのは、改定を織り込んだ事業計画で自社の価値を正しく把握することです。適正運営のステーションであれば、改定後もその価値は評価されます。まずは専門家に現状を相談することをおすすめします。
具体的な売却金額はどのくらいになりますか?
金額は利用者数・看護師体制・収益の安定性・エリアなど個別要因で大きく変わるため、一概の相場を示すことはできません。実際の評価は、事業内容を確認したうえでの個別試算になります。
まとめ
訪問看護ステーションは、稼働17,329ヶ所と過去最高を更新する一方で、廃止・休止も過去最多という二極化のなかにあります(出典:全国訪問看護事業協会「訪問看護ステーション数調査」)。人材難と後継者不在(医療業の後継者不在率61.8%/出典:帝国データバンク)を背景に、M&Aは事業と雇用、そして利用者を守る有力な選択肢となっています。
成功のポイントを改めて整理します。
- 指定の承継は株式譲渡なら継続しやすく、事業譲渡は取り直しが原則
- 企業価値は利用者数・看護師体制・レセプトの安定性で評価される
- 2026年6月の診療報酬引き下げを収益予測と価値評価に必ず織り込む(出典:厚生労働省、共同通信報道)
- 承継後は看護師の定着・管理者の引き継ぎ・コンプライアンスが成否を分ける
訪問看護ステーションのM&A・売却は、制度と実務の両面で専門的な検討が欠かせません。CUCAPは病院・クリニック・介護・在宅医療領域のM&Aを専門に、貴ステーションの状況に合わせた最適な承継をご支援します。後継者や将来にお悩みの方は、まずは無料相談からお気軽にお問い合わせください。秘密は厳守いたします。