ホスピス型住宅や訪問看護・介護事業のM&Aを検討し始めると、必ず最初にぶつかるのが「どのスキーム(手法)で承継するか」という問題です。株式譲渡なのか、事業譲渡なのか、それとも会社分割なのか。この選択を誤ると、せっかく積み上げてきた介護保険の指定や訪問看護の事業所番号、そして現場スタッフの雇用までもが宙に浮きかねません。
結論から言えば、ホスピス型住宅や介護事業は運営主体が株式会社であるケースが中心のため、病院(医療法人)と違って株式譲渡が使えるのが大きな特徴です。ただし、簿外債務のリスクや対象事業だけを切り出したいニーズによっては、事業譲渡や会社分割が適することもあります。
この記事では、ホスピス・介護事業M&Aで使われる3つの主要スキーム(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)の仕組みとメリット・デメリット、比較表、そして「どう選ぶか」の判断軸までを、実務目線で整理します。
POINTホスピス型住宅・介護事業は株式会社運営が中心のため株式譲渡が使える点が病院M&Aとの最大の違いです。株式譲渡は指定・雇用・賃貸借を原則そのまま承継できる一方で簿外債務も包括承継します。事業譲渡は対象を選べて簿外リスクを遮断できますが介護・医療の指定は原則取り直しになります。会社分割は特定事業だけを切り出せますが指定承継の可否や労働契約承継法への対応が論点になります。
ホスピス型住宅・介護事業のM&Aで使えるスキーム
ホスピス型住宅とは、末期がんや難病等で回復が見込めないと医師に診断された方が入居する住宅型有料老人ホーム(またはサービス付き高齢者向け住宅)で、併設の訪問看護ステーションから医療保険で手厚い訪問看護を提供する形態を指します。事業構造は「住宅(有料老人ホーム/サ高住)×介護指定×訪問看護(医療)×看護人材」という複合体であり、その運営主体は株式会社が中心です。
これが、病院M&Aとの決定的な違いを生みます。
病院(医療法人)との違い
病院を運営する医療法人は非営利法人で剰余金の配当が禁止されており、そもそも株式が存在しません。そのため株式会社で使える株式譲渡・株式交換・株式移転は医療法人には使えません。医療法人で採れる主なスキームは「出資持分の譲渡(+社員・役員の交代)」「合併」「事業譲渡」に限られます。
一方、ホスピス型住宅・介護事業を運営するのが株式会社であれば、会社の株式を売買する株式譲渡という最もシンプルな手法が選択肢に入ります。M&Aの設計自由度という点で、介護・ホスピス事業は病院よりも扱いやすい側面があるのです。M&Aスキームそのものの基礎についてはM&Aスキームとはもあわせてご覧ください。
主に使われる3つのスキーム
株式会社が運営する介護・ホスピス事業のM&Aでは、次の3つが中心になります。
- 株式譲渡:会社ごと承継する(オーナーチェンジ)
- 事業譲渡:特定の事業・資産だけを個別に譲渡する
- 会社分割:特定事業を切り出して別会社に承継させる
どれを選ぶかは、介護・医療の「指定」を引き継げるか、簿外リスクをどう扱うか、物件を自社保有か賃借か、訪問看護をどの法人に帰属させるか、といった論点で決まります。以下、順に見ていきます。
株式譲渡:会社ごと承継するシンプルな手法
株式譲渡は、対象会社のオーナー(株主)が保有する株式を買い手に譲渡し、会社の経営権を丸ごと移す手法です。会社という「器」はそのまま存続し、株主が変わるだけなので、実務上のインパクトが小さいのが最大の特長です。
株式譲渡のメリット
- 介護保険の指定・訪問看護の事業所番号を原則そのまま継続できる(法人格が変わらないため)
- 従業員の雇用契約が原則そのまま継続する(転籍手続きが不要)
- 建物の賃貸借契約や取引先との契約も、原則として巻き直し不要
- 入居者・利用者との契約も原則継続。現場の混乱が小さい
- 手続きが比較的シンプルで、スピード面で有利になりやすい
ホスピス型住宅・介護事業は、指定・事業所番号・看護人材・入居者との関係性そのものが事業価値の源泉です。これらを途切れさせずに丸ごと引き継げる株式譲渡は、介護・ホスピスM&Aで最も多く使われるスキームと言えます。
株式譲渡の注意点
簿外債務も「包括承継」される
株式譲渡は会社を丸ごと引き継ぐため、貸借対照表に載っていない簿外債務(未払い残業代、係争中の損害賠償、過去の介護報酬・診療報酬の不正請求に伴う返還リスクなど)まで含めて包括的に承継します。買い手にとっては、デューデリジェンス(DD)で見えないリスクを抱え込む可能性がある点が最大の弱点です。
特にホスピス型住宅では、訪問看護指示書に虚偽病名や過剰な複数回訪問の指示を記載するよう不適切な要求を受けた経験がある医師が約4割にのぼるとの調査もあり(出典:日本在宅医療連合学会)、訪問看護の適正性はDDの重要な確認ポイントです。株式譲渡を選ぶ場合は、表明保証条項や補償条項で簿外リスクを契約的にカバーする設計が欠かせません。
事業譲渡:対象を選んで承継し簿外リスクを遮断
事業譲渡は、会社そのものではなく、特定の事業に関する資産・負債・契約を個別に選んで買い手に譲渡する手法です。「欲しいものだけを買う」ことができるのが本質です。事業譲渡と株式譲渡の根本的な違いについては事業譲渡と株式譲渡の違いで詳しく解説しています。
事業譲渡のメリット
- 承継する資産・負債・契約を個別に選べる(不要なものは引き継がない)
- 簿外債務を原則として遮断できる(引き継ぐ債務を特定できるため)
- 複数事業を運営する会社から、ホスピス事業だけを切り出して買うことができる
買い手のリスク管理という観点では、事業譲渡は株式譲渡より安全な面があります。特に売り手の会社に不透明な過去や複数事業が混在している場合、事業譲渡で対象を絞り込む意義は大きくなります。
事業譲渡の最大のハードル:指定の取り直し
介護・医療の指定は原則「取り直し」
事業譲渡では事業を営む法人が変わるため、介護保険の指定や訪問看護の事業所番号は原則として買い手側で新規に取得し直す必要があります。指定申請には一定の準備期間と行政審査が必要で、タイミングを誤ると事業に空白期間が生じかねません。
さらに、入居者・利用者との契約も新法人との間で結び直す(巻き直す)必要があり、従業員も転籍という形になるため個別の同意が必要です。ホスピス型住宅のように「指定・契約・人材」が密接に絡む事業では、事業譲渡は手続き負荷が重く、承継の空白リスクをどう埋めるかが実務上の最大課題になります。
会社分割:特定事業だけを切り出す
会社分割は、会社の事業を「権利義務ごと」他の会社に承継させる組織再編手法です。既存の会社に承継させる「吸収分割」と、新設会社に承継させる「新設分割」があります。事業譲渡と似て特定事業を切り出せますが、個別の資産移転ではなく包括承継である点が異なります。
会社分割のメリットと論点
- ホスピス事業や訪問看護部門など、特定事業だけを切り出して承継できる
- 権利義務を包括的に承継するため、個別の契約の巻き直しが事業譲渡より軽くなる場合がある
- 売り手が複数事業を持つ場合の「一部だけ売却」に適する
指定の承継可否と労働契約承継法
会社分割における介護・医療の指定の承継可否は、指定の種類や自治体の取扱いによって対応が分かれるため、事前に監督官庁・自治体へ確認することが不可欠です。「株式譲渡なら継続、事業譲渡なら取り直し」という単純な整理では割り切れないのが会社分割で、ここを詰めずに進めると承継後に事業が動かせなくなるおそれがあります。
労働契約承継法への対応
会社分割では、分割される事業に主として従事する労働者の労働契約は原則として承継会社に引き継がれます。この際、労働者への事前通知や協議など、労働契約承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)に基づく手続きが必要です。手続きを怠ると承継の効力が争われるリスクがあるため、スケジュールに織り込んでおく必要があります。
スキーム比較表(株式譲渡・事業譲渡・会社分割)
3つのスキームの特徴を一覧で整理します。実際の案件では複数の論点が絡むため、あくまで一般的な傾向としてご覧ください。
| 比較軸 | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 会社分割 |
|---|---|---|---|
| 承継の対象 | 会社ごと(包括) | 選んだ資産・負債・契約のみ | 切り出す事業(包括) |
| 介護・医療の指定 | 原則そのまま継続 | 原則取り直し(新規申請) | 承継可否は要事前確認 |
| 雇用・利用者契約 | 原則そのまま継続 | 転籍・契約の巻き直しが必要 | 労働契約承継法に基づき承継 |
| 簿外債務リスク | 包括承継する(高め) | 原則遮断できる(低め) | 承継範囲に応じて残る |
| 手続きスピード | 比較的速い | 指定取得等で時間を要しやすい | 再編手続きで中程度 |
スキーム選定の4つの判断軸
どのスキームを選ぶかは、事業の実態と当事者の狙いによって変わります。ホスピス・介護M&Aでは、次の4つの判断軸で検討するのが実務的です。
1. 指定承継の可否を最優先で確認する
介護保険の指定や訪問看護の事業所番号は、事業を動かす生命線です。株式譲渡なら原則継続できますが、事業譲渡は取り直し、会社分割は自治体確認が必要です。承継後に事業が止まらないかを、スキーム選定の第一の軸に据えるべきです。
2. 簿外リスクの大きさを見極める
売り手の会社にコンプライアンス上の懸念や不透明な過去があるほど、包括承継となる株式譲渡のリスクは高まります。特にホスピス型住宅では訪問看護の適正性がDDの焦点になります。リスクが読み切れない場合は、簿外債務を遮断できる事業譲渡や、範囲を限定した会社分割が検討候補になります。
3. 物件の保有形態を確認する
有料老人ホームやサ高住の建物を自社保有しているか、賃借しているかでスキームの使い勝手が変わります。賃借の場合、事業譲渡や会社分割では賃貸人の承諾や契約の巻き直しが必要になることがあり、株式譲渡なら契約主体が変わらないため巻き直しを避けやすくなります。
4. 訪問看護の帰属をどう設計するか
ホスピス型住宅の収益の源泉は、併設訪問看護ステーションからの医療保険による訪問看護です。訪問看護部門を住宅事業と一体で承継するのか、別法人に切り出すのかによって、株式譲渡・事業譲渡・会社分割の最適解は変わります。訪問看護の指定・人材・利用者との関係をどの法人に帰属させるかは、スキーム設計の核心部分です。
なお、ホスピス型住宅をめぐっては、過剰回数の訪問看護による報酬稼ぎが問題視され、2026年6月から訪問看護の診療報酬が大幅に引き下げられることが決まっています(出典:厚生労働省、共同通信報道)。収益予測や企業価値評価の前提が変わるため、どのスキームを選ぶにせよ、制度改定の影響を織り込んだ検討が欠かせません。ホスピス型住宅M&Aの全体像はホスピス・介護M&Aの専門ページで解説しています。
よくある質問
Q. ホスピス型住宅のM&Aで最も多いスキームは?
運営主体が株式会社であれば、株式譲渡が最も多く使われます。介護の指定・訪問看護の事業所番号・雇用・入居者契約を原則そのまま引き継げるため、事業を途切れさせずに承継できるのが理由です。ただし簿外債務を包括承継する点には注意が必要で、DDと契約上の手当てが前提になります。
Q. 病院と同じスキームは使えますか?
使えません。病院を運営する医療法人は非営利法人で株式が存在しないため、株式譲渡等は採れず、出資持分の譲渡・合併・事業譲渡が中心になります。一方、ホスピス型住宅・介護事業は株式会社運営が中心のため、株式譲渡が使えます。ここが両者の大きな違いです。
Q. 事業譲渡だと事業が止まってしまいますか?
介護・医療の指定を原則取り直すため、準備を怠ると空白期間が生じるリスクがあります。指定申請のスケジュールを逆算し、利用者契約の巻き直しや従業員の転籍手続きも含めて、承継日に事業が動く状態を作れるかを事前に設計しておくことが重要です。
Q. 会社分割は事業譲渡とどう違いますか?
事業譲渡が資産・契約を個別に移転するのに対し、会社分割は事業を権利義務ごと包括的に承継します。契約の巻き直し負荷が軽くなる場合がある一方、労働契約承継法に基づく手続きが必要になり、指定の承継可否も自治体確認が前提です。どちらが有利かは案件ごとに異なります。
まとめ
ホスピス型住宅・介護事業のM&Aは、運営主体が株式会社中心であるため株式譲渡が使えるのが病院M&Aとの大きな違いです。株式譲渡は指定・雇用・契約を原則そのまま承継できる反面、簿外債務も包括承継します。事業譲渡は対象を選べて簿外リスクを遮断できる一方、指定は取り直し。会社分割は特定事業だけを切り出せますが、指定承継の可否や労働契約承継法への対応が論点になります。
- まず「指定を途切れさせずに承継できるか」を最優先で確認する
- 簿外リスク・物件保有形態・訪問看護の帰属を踏まえてスキームを選ぶ
- 2026年6月の訪問看護の診療報酬引き下げなど、制度改定の影響を織り込む
最適なスキームは、事業の実態・当事者の狙い・リスク許容度によって一件ごとに変わります。ホスピス型住宅・介護事業のM&A全体像はホスピス・介護M&Aの専門ページにまとめています。自社のケースでどのスキームが適するか迷ったら、CUCAPの無料相談をご活用ください。専門コンサルタントが、指定承継やリスク遮断の観点を踏まえて最適な承継設計をご提案します。