会社売却を検討する経営者にとって、最大の関心事は「自社が一体いくらで売れるのか?」という点でしょう。長年手塩にかけて育ててきた会社の価値を正しく把握することは、最適なタイミングで最良の決断を下すために不可欠です。
会社売却の相場は、収益性・資産状況・業界の将来性・買い手との相性など様々な要因が複雑に絡み合って決まります。
会社売却の相場は、単純な計算式一つで決まるものではなく、会社の収益性や資産状況、業界の将来性、さらには買い手との相性など、様々な要因が複雑に絡み合って決まります。
しかし、大まかな相場観を掴むための基本的な考え方は存在します。本記事では、会社売却の相場の目安となる簡易計算式から、M&Aの現場で用いられる専門的な評価方法、そして自社の価値を最大限に高めるための具体的なポイントまで、専門家の視点から徹底的に解説します。
会社売却の相場を掴むための簡易計算式
まず、自社の売却価格の大まかな目安を知るために、多くの中小企業のM&Aで用いられる簡易的な計算式をご紹介します。この式を理解するだけで、相場観をぐっと掴みやすくなります。
【基本】相場 = 時価純資産 + 営業利益の2~5年分(のれん代)
「時価純資産+営業利益数年分」という考え方で、中小企業のおおよその売却相場を把握することができます。
中小企業のM&Aでは、「時価純資産+営業利益数年分」という考え方でおおよその相場を把握することがあります。
- 時価純資産: 会社の資産(現金、不動産、在庫など)を現在の価値(時価)で評価し直し、そこから負債(借入金など)を差し引いたものです。いわば、会社が今解散した場合に手元に残るであろう純粋な資産価値を示します。
- のれん代(営業権): 会社の「稼ぐ力」を評価したものです。具体的には「営業利益 × 2~5年分」で計算されることが多く、ブランド力、技術力、顧客基盤、従業員のスキルといった目に見えない無形資産の価値が反映されます。
例えば、時価純資産が5,000万円、年間の営業利益が2,000万円の会社であれば、相場は「5,000万円 + 2,000万円 × 2~5年分」となり、9,000万円~1億5,000万円が一つの目安となります。
一方、実務ではEBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)×マルチプルという評価方法が用いられることも多く、業種や案件によって使い分けられます。
営業利益にかける年数(倍率)の決定要因とは?
のれん代を計算する際に営業利益にかける「2~5年分」という年数のことで、会社の将来性や安定性によって変動します。
「のれん代」を計算する際に用いる「2~5年分」という年数(倍率、またはマルチプルとも呼ばれます)は、なぜ幅があるのでしょうか。この倍率は、会社の将来性や安定性によって変動します。
| 倍率が高くなる要因 | 倍率が低くなる要因 |
|---|---|
| 事業の安定性(リピート顧客が多い、サブスクモデルなど) | 景気やトレンドに左右されやすい |
| 業界の成長性(IT、医療など今後も伸びる市場) | 斜陽産業、市場が縮小傾向 |
| 独自の強み(特許技術、高いブランド力、強力な仕入先) | 競合が多く、差別化が困難 |
| 経営者への依存度が低い(組織で事業が回る仕組みがある) | 社長の個人商店で、引退後の事業継続が不安 |
| 買い手とのシナジー(買い手の事業を大きく成長させる要素がある) | シナジーが見込めない |
安定して成長が見込める魅力的な会社ほど倍率は高くなり、逆に将来に不安要素がある場合は低くなると覚えておきましょう。
会社売却の相場を決める企業価値評価(バリュエーション)の3つの計算方法
簡易計算式はあくまで目安です。実際のM&A交渉では、より専門的で客観的な企業価値評価(バリュエーション)の手法が用いられます。これらは大きく3つのアプローチに分類され、通常は複数の方法を組み合わせて総合的に評価します。
コストアプローチ|純資産を基準にする計算方法
コストアプローチは、会社の貸借対照表(B/S)に計上されている純資産を基準に企業価値を評価する方法です。客観的な数値に基づいているため分かりやすく、特に中小企業のM&Aで重視される傾向があります。
簿価純資産法
貸借対照表に記載されている資産と負債の金額(簿価)をそのまま用いて、「資産総額 − 負債総額」で純資産を計算する方法です。計算が非常に簡単ですが、資産の現在の価値(時価)が反映されないため、実態との乖離が大きくなる可能性があります。
時価純資産法
保有する資産(土地、建物、有価証券など)や負債を現在の時価で評価し直して純資産を算出する方法です。中小企業のM&Aで最も基本的な評価方法として用いられています。
保有する資産(土地、建物、有価証券など)や負債を現在の時価で評価し直して純資産を算出する方法です。例えば、購入時より価値が上がっている土地や、実質的に価値のない在庫などを実態に合わせて評価します。簿価純資産法よりも正確な企業価値を把握でき、中小企業のM&Aで最も基本的な評価方法として用いられています。
インカムアプローチ|将来の収益性を基準にする計算方法
インカムアプローチは、会社が将来どれだけの収益やキャッシュフローを生み出すかという「稼ぐ力」を基準に評価する方法です。成長性が期待されるスタートアップやIT企業の評価に適しています。
DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)
会社が将来生み出すと予測されるキャッシュフローを、事業計画に基づいて算出し、それを現在価値に割り引いて合計することで企業価値を評価します。理論的には最も優れた評価方法とされますが、将来の事業計画の精度に評価額が大きく左右されるため、計画の客観性や実現可能性が重要になります。
収益還元法
会社が将来にわたって安定的に生み出すと期待される利益やキャッシュフローを、一定の資本還元率で割ることで企業価値を算出する方法です。比較的安定した収益が見込める成熟企業の評価に用いられることがあります。
マーケットアプローチ|市場での取引事例を基準にする計算方法
マーケットアプローチは、株式市場やM&A市場において、類似する会社や取引がどのくらいの価格で評価されているかを基準にする方法です。客観性が高く、買い手側も納得しやすいというメリットがあります。
類似会社比較法(マルチプル法)
事業内容が似ている上場企業の株価が、その会社の利益や純資産の何倍になっているか(マルチプル)を計算し、自社の利益や純資産にその倍率を掛けて企業価値を算出します。例えば、「EV/EBITDA倍率」などが代表的な指標として用いられます。
類似取引比較法
過去に行われた自社と類似するM&Aの取引事例を参考に、売却価格が利益の何倍だったかなどを分析し、企業価値を類推する方法です。ただし、非上場企業同士のM&A情報は公開されないことが多く、適切な事例を見つけるのが難しい場合があります。
【シミュレーション】売上・利益別の会社売却相場
ここでは、具体的なケースを用いて会社売却の相場をシミュレーションしてみましょう。
ケース1:売上1億円・営業利益1,000万円の中小企業
地域に根差した安定経営の製造業を想定します。
- 時価純資産: 4,000万円(簿価純資産3,000万円+含み益1,000万円)
- 営業利益: 1,000万円
- のれん代の倍率: 安定性は高いが、急成長は見込みにくいため3年分と設定
この場合、売却相場は以下のようになります。
4,000万円(時価純資産) + 1,000万円 × 3年分 = 7,000万円
ケース2:売上5億円・営業利益3,000万円のIT企業
急成長中のSaaS(Software as a Service)事業を展開するIT企業を想定します。
- 時価純資産: 2,000万円(資産は少ないが、借入も少ない)
- 営業利益: 3,000万円
- のれん代の倍率: 成長性が高く、将来性も期待できるため5年分と設定
この場合、売却相場は以下のようになります。
2,000万円(時価純資産) + 3,000万円 × 5年分 = 1億7,000万円
このように、純資産が少なくても高い収益性と成長性があれば、企業価値は非常に高くなります。
ケース3:赤字だが将来性のあるスタートアップ企業
革新的な技術を持つものの、現在は先行投資で赤字のスタートアップを想定します。
- 時価純資産: △500万円(債務超過)
- 営業利益: △1,000万円(赤字)
この場合、簡易計算式では価値が算出できません。しかし、独自の技術や特許、将来獲得が見込める市場シェアなどをインカムアプローチ(DCF法)で評価します。大手企業がその技術を自社事業に取り込むことで大きなシナジーが生まれると判断すれば、赤字であっても数億円の価値がつく可能性があります。
業種別に見る会社売却の相場(マルチプル)
のれん代を計算する際の倍率(マルチプル)は、業種によって傾向があります。ここでは代表的な業種の相場の特徴を見ていきましょう。
| 業種 | EBITDA倍率の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| IT・ソフトウェア | 7倍~15倍以上 | 安定収益モデル(SaaSなど)や高い成長性、技術力が評価されやすい。倍率は高くなる傾向。 |
| 製造業 | 4倍~7倍 | 設備資産や技術力、取引基盤が評価される。安定しているが、設備投資の負担も考慮される。 |
| 建設業 | 3倍~6倍 | 有資格者の数、公共事業の実績、特定の工法などが価値となる。人材への依存度が高い。 |
| 飲食・小売業 | 3倍~5倍 | ブランド力、立地、リピート顧客が重要。トレンドの変動が激しく、倍率は比較的低め。 |
| 医療・介護業界 | 3倍~7倍 | 許認可が必要で参入障壁が高く、安定した需要が見込める。専門人材の確保が鍵。 |
※EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)は、国による税率や金利、減価償却方法の違いを排除できるため、国際的なM&Aの指標としてよく用いられます。
IT・ソフトウェア業界の相場
技術の陳腐化が早い一方、SaaSのようなストック型ビジネスは安定性が高く評価されます。将来の成長期待が株価に織り込まれやすく、マルチプルは全業種の中でもトップクラスに高くなる可能性があります。
製造業の相場
土地や機械などの有形資産が評価のベースになりやすいですが、特定の分野で高いシェアを誇る技術力や、大手企業との安定した取引関係も大きな価値となります。
建設業の相場
公共工事の入札資格や、特殊な工法に関する許認可、経験豊富な有資格者の存在が買い手にとっての魅力となります。一方で、業界全体の人手不足や後継者問題も評価に影響します。
飲食・小売業の相場
多店舗展開している場合、不採算店舗の整理やブランドイメージの再構築など、買い手側でのテコ入れが必要になるケースも多く、その分のリスクが価格に反映されることがあります。
医療・介護業界の相場
診療報酬や介護報酬といった国の制度に収益が左右されますが、高齢化社会を背景に市場は安定的に成長しています。医師や看護師、介護福祉士などの専門人材をどれだけ確保できているかが、売却相場を大きく左右します。
会社売却の相場を左右する5つの重要要素
企業価値評価の計算式だけでなく、以下のような定性的な要素も売却相場に大きな影響を与えます。
1. 収益性と事業の安定性
継続的に安定した利益を上げている実績は、買い手にとって最も安心できる材料です。特定の取引先に売上の大半を依存している場合、その取引がなくなった際のリスクを考慮され、評価が下がる可能性があります。
2. 業界の成長性と将来性
自社が属する市場が今後も成長していくのか、それとも縮小していくのかは非常に重要です。成長市場であれば、将来の収益拡大への期待から高い評価を得やすくなります。
3. 無形資産(技術・ブランド・顧客基盤)の価値
貸借対照表には載らない「見えない資産」も、売却相場を大きく押し上げる要因です。
- 技術: 特許や独自のノウハウ
- ブランド: 消費者からの高い認知度や信頼
- 顧客基盤: 優良で継続的な取引が見込める顧客リスト
これらの無形資産は、買い手がゼロから築くには時間とコストがかかるため、M&Aによって獲得する価値は非常に大きいのです。
4. 買い手企業とのシナジー効果
M&Aによる相乗効果のこと。買い手の販売網を使った全国展開や、技術と開発力を組み合わせた新製品開発などが例として挙げられます。
シナジー効果とは、M&Aによる相乗効果のことです。例えば、買い手の販売網を使って売り手の商品を全国展開したり、売り手の技術と買い手の開発力を組み合わせて新製品を開発したりすることが挙げられます。このシナジー効果が大きいほど、買い手は想定以上の価格を提示してくれる可能性があります。
5. 簿外債務や訴訟リスクの有無
帳簿には記載されていない債務(未払い残業代、退職金など)や、将来発生する可能性のある訴訟などのリスクは、マイナス評価の対象となります。
帳簿には記載されていない債務(未払い残業代、退職金など)や、将来発生する可能性のある訴訟などのリスクは、マイナス評価の対象となります。M&Aの交渉過程で行われるデューデリジェンス(買収監査)で徹底的に調査されるため、隠さずに開示し、対策を講じておくことが重要です。
会社売却の相場をより高くするための5つのポイント
自社の価値を正しく評価してもらい、少しでも高く売却するためには、事前の準備が欠かせません。
1. 業績が好調なタイミングで売却を検討する
会社の価値が最も高まるのは、業績が右肩上がりで、利益がピークに達しているときです。業績が悪化してから慌てて売却しようとすると、買い手から足元を見られ、不利な条件での交渉になりがちです。
2. 経営者への依存度を低減させる
社長がいなければ業務が回らない「俗人化」した状態は、買い手にとって大きなリスクです。業務マニュアルの整備や権限移譲を進め、経営者がいなくても組織として自走できる体制を構築しておくことで、企業価値は大きく向上します。
3. 複数の買い手候補と交渉する
買い手候補が1社だけだと、交渉の主導権を握られやすくなります。複数の候補先と同時に交渉を進めることで競争原理が働き、より良い条件を引き出しやすくなります。これをオークション方式と呼びます。
4. 譲れない条件を明確にしておく
売却価格はもちろん重要ですが、「従業員の雇用を維持してほしい」「会社の名前を残してほしい」など、価格以外の条件も大切です。交渉を始める前に、自社にとって何が最も重要で、どこまでなら譲歩できるのかを整理しておくことが、後悔のないM&Aにつながります。
5. 実績豊富なM&A専門家に相談する
M&Aは法務・税務・会計など高度な専門知識を要する複雑なプロセス。経験豊富なM&A仲介会社やアドバイザーのサポートが不可欠です。
M&Aは、法務、税務、会計など高度な専門知識を要する複雑なプロセスです。自社にとって最適な買い手を見つけ、交渉を有利に進め、複雑な手続きをミスなく完了させるためには、経験豊富なM&A仲介会社やアドバイザーのサポートが不可欠です。
会社売却の相場に関するよくある質問
Q1. 会社売却は売上の何倍で売れますか?
「売上の〇倍」という指標は、特にIT業界などで使われることがありますが、一般的ではありません。利益が出ていない会社でも売上規模だけで評価されることがあるためです。しかし、基本的には利益(営業利益やEBITDA)を基準に評価されると考えた方が実態に近いです。
Q2. 会社を10億円で売却した場合の税金はいくらですか?
オーナー経営者が自社株式を売却して得た利益(譲渡所得)に対して、所得税・復興特別所得税(15.315%)と住民税(5%)を合わせて合計20.315%の税金がかかります。
仮に株式の取得費が1,000万円だった場合、譲渡所得は「10億円 − 1,000万円 = 9億9,000万円」となり、税額は約2億円(9.9億円 × 20.315%)となります。
Q3. 中小企業の買収の目安は?
繰り返しになりますが、「時価純資産 + 営業利益の2~5年分」が最も分かりやすい目安です。ただし、個別の事情によって大きく変動するため、あくまで初期的な参考値としてお考えください。
Q4. 赤字の会社でも売却できますか?その相場は?
はい、赤字でも売却できる可能性はあります。例えば、独自の技術や特許、優れた人材、優良な顧客基盤など、将来の収益につながる価値があれば、買い手が見つかることがあります。また、繰越欠損金(税務上の赤字)を引き継ぐことによる節税効果を目的とした買収もあります。相場はケースバイケースですが、少なくとも会社を清算した場合の価値(清算価値)を上回ることを目指します。
Q5. 休眠会社の売却相場はいくらですか?
事業活動を行っていない休眠会社でも、建設業の許可などの許認可や、繰越欠損金が残っている場合に価値がつくことがあります。ただし、相場としては数十万円から数百万円程度となることが多く、高額での売却は期待しにくいのが実情です。
Q6. 会社売却で従業員の雇用はどうなりますか?
株式譲渡という手法で会社を売却する場合、会社の所有者が変わるだけで、会社と従業員の雇用契約はそのまま維持されるのが基本です。多くの経営者は、従業員の雇用の維持をM&Aの重要な条件として挙げており、買い手側も事業継続のために優秀な従業員の離職を防ぎたいと考えるため、雇用は守られるケースがほとんどです。
会社売却の相場を知るならM&A専門家への無料相談から
この記事では、会社売却の相場の基本的な考え方から、より高く売るためのポイントまでを解説しました。簡易計算式を使えば、自社の価値のおおよその目安は掴めたかもしれません。
会社の真の価値は、将来性や無形の資産、買い手とのシナジーによって大きく変わります。客観的かつ専門的な視点からの企業価値評価が不可欠です。
しかし、それはあくまでスタートラインです。会社の真の価値は、その内側に秘められた将来性や無形の資産、そして買い手とのシナジーによって大きく変わります。自社の大切な事業を正当に評価してもらい、納得のいく形で次世代に引き継ぐためには、客観的かつ専門的な視点からの企業価値評価が不可欠です。
多くのM&A仲介会社や専門家は、無料で相談や簡易的な企業価値評価に応じてくれます。まずは一歩を踏み出し、専門家の話を聞いてみることから始めてみてはいかがでしょうか。それが、あなたの会社と従業員、そしてあなた自身の未来にとって、最良の選択をするための確かな第一歩となるはずです。
免責事項: 本記事は会社売却の相場に関する一般的な情報を提供するものであり、個別の案件における売却価格を保証するものではありません。実際の売却に際しては、必ずM&A専門家や税理士等のアドバイスを受けてください。